2017年1月13日金曜日

時代劇小説『みこもかる』 八 船宿『土筆』

【前回の『みこもかる』は?】北町奉行所の定町廻り同心池田重太郎は、潜りの貸本屋染七を捕らえて、自身番で取り調べていたのだが……名主の依頼を引き受けて、染七から本を借りていた娘については不問にすると約束する。一方で、同輩の吉井が押し掛けて来て……下女不在の池田家の為に丁度良い娘を見つけて来ただとか、場所を変えて話そうだとか、色々ごちゃごちゃと宣(のたま)うのであった。




     八 船宿『土筆』

 仕方が無いので場所を移した。近くの川縁に在る船宿『土筆(つくし)』の二階の一間を借りたが、生憎部屋は隅田川とは真反対側だった。
「何だ、川が見えないじゃないか!」 
「贅沢を言うな」
「いや。やはり船がこう、行き交う景色を眺めながらだなぁ」
「餓鬼じゃあるまいし。それより下女の話はどうした?」
「おお、そうだ。下女の話だ、下女の話……お主が番屋を出て行った後、とある男が俺を訪ねて来てな。前からの顔見知りの奴なんだが、お願い事が有ります、とこう来た訳だ。頼りにされるのは悪くない。口書の最中だったが、話を聞いてやった」
「おい、前置きが長い。もっと短くしろ」
「そう、急かすな。その男は半次郎と言ってな。人形町通りの、新乗物町の信濃屋で番頭をしているんだが。何でも同郷の娘が一人、下女の口が見付からずに困っている。どうか御力添えを頂けませんか、てな具合で、こいつは将に渡りに船だ」
「おい、それは訳有りだろう。面倒は御免だ。断る!」
「待て待て! こいつがだな、涙無くしては語れない、可哀相な娘なんだ」
「……」
「娘の名はお藤といってな。信州の山奥から遥々江戸に出て来て、松島町の大和屋で……知っているだろう?」
「あの大きな酒屋か?」
「そうだ。大和屋で下女奉公をもう丸二年勤めていたんだが……最近、大和屋の娘に縁談の話が纏まって。結納だ何だとやっている最中に、事もあろうにその縁談相手の男がお藤に手を出そうとしてな。危ない所を家の者に見付かって、お藤の身は無事だったが、肝心の縁談はパーだ」
 と、吉井は諸手を上げた。
「御破算になっちまって。お藤は被害者なんだが、結局大和屋には居られなくなった。それで今は仕方なく宿暮らしをしながら、仕事の口を探しているという訳なんだ」
「その半次郎といのは、お藤の請人か?」
「そうだ」
「なら、信濃屋で面倒見てもらえばいいんじゃないのか? 信濃屋というぐらいだから、家の主人も信州の出なんだろう?」
「……」
「半次郎という男だって番頭なんだから、一人ぐらい雇い入れるように主人に願い出る事ぐらい出来るのではないか?」
「ん~。それがなぁ、駄目なんだ」
「どうして?」
「信濃屋の主人は女にだらしなくてな。過去に下女を孕ませている」
「……」
「そういう訳でな。お前の所で」
「人宿に居るんだろう?」
「ん、あぁ……」
「だったら、口入屋に任せて置けばいい」
「……」
 途端に吉井は黙り込んでしまった。

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