2017年1月12日木曜日

時代劇小説『みこもかる』 六 自身番(二)

【前回?の『みこもかる』は?】佐賀町の自身番で、北町奉行所の定町廻り同心池田重太郎は潜りの貸本屋染七の取り調べを始める。扱っていたのが艶本というのが科(とが)で……と、其処(そこ)へ、名主の四郎右衛門が訪ねて来る。町内のとある娘が染七から本を借りた事を悔(く)やんでいるとかで、どうやらその事を不問にして欲しいとの依頼らしい。




     六 自身番(二)

「これがその本なんですが……」
 と、四郎右衛門は包みから本を取り出すと、こちら向きにして畳の上に置いた。
 表紙絵の無い青表紙の本で、左上に『見聞男女録』と書かれた題簽(だいせん)が貼られていた。
「けんぶん、だんじょろく?」
 と、安五郎が横から、首を亀のように伸ばして呟いた。
「ふっ」
 と、染七が鼻で笑った。
「何が可笑しい?」
 安五郎が声を抑えて凄んだ。
「けんもんか?」
 と、重太郎は質(ただ)した。染七の表情が幾分か和(やわ)らいだ。
「けんもん……をとめろく?」
「流石(さすが)、八丁堀の旦那。学がお有りだ」
「無駄口叩くな!」
「痛っ」
 助五郎が染七の腰の辺りを小突いた。
 四郎右衛門は眉を顰めながら、続けた。
「えー、男が引っ張られたもんですから、娘も怖くなりまして。父親に打ち明けたんです。それで、父親もどうしたものかと困って、私の所に相談に来たという訳でして……まぁ、たわいもない徒(ただ)の読本だと思うのですが」
(ん、艶本じゃないのか?)
 重太郎は本を手に取ってぱらぱらと捲(めく)ってみたが、男女が肌を露(あらわ)にするような絵は皆無であった。公家物の御伽草子といった感じで、文にしても口絵にしても至極真面目で、父娘が心配しなければいけないような代物ではなかった。
「どうでしょう? 問題ありませんよね?」
 と、四郎右衛門が身を屈(かが)めた。
 すると、
「おおっ、通せ通せ!」
 また誰か来たようで、すっと障子が開いた。
「おおぅ、居た居た!」
 と、吉井が衝立越しに顔を覗かせた。
「何だ、本当に来たのか?」
「違う、違う。下女の件だ、下女の件。ちょうど良いのが見付かったんで、話を持って来たんだ」
「お前は何時から慶庵(けいあん)になったんだ?」
「ははっ。口入料は要らんぞ」
「口書はどうした? 放ったらかして来たのか?」
「ああ。急を要するでな。それに話を捩(ね)じ込むんだから、俺が自ら来て話をするのが筋だろう。どうだ? 此処では何だから、ちょっと他所(よそ)で詳しい話をしないか? 直ぐ済む」
 仕方がない奴だと、重太郎が呆れていると、
「おっ! 手に持っているのは、例のあれか?」
 と、吉井は顔をにやりとさせた。

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