2017年1月24日火曜日

時代劇小説『みこもかる』 十九 行灯(あんどん)(三)

【前回の『みこもかる』は?】新しい下女お藤を迎えた八丁堀の池田宅……の奥の間。夫の重太郎は、お藤の身の上話を語り終えると、再び『見聞男女録(けんもんをとめろく)』という公家物の御伽草子を読み耽る。一方、妻のお美代は先に寝ようとしたが……夫が突然、お藤についてまだ話してない事があるとか言い出してきた。


     十九 行灯(あんどん)(三)

「実家とは、不仲なんだそうだ」 
「不仲?」
 と、お美代は堪らず目を開けた。
「んん……」
 と、重太郎が幾らか首を傾(かし)げた。
「事情がちと込み入っていてな。実の父親はお藤がまだ小さい時に亡くなって。で、代わりに父親の弟が呼び戻されて。嫂(あによめ)と一緒になって、家を継いだそうだ」
(ふむふむ。今の父親は実の叔父さんって事ね)
「だが、その後、直ぐに母親の方も亡くなって。今度はその弟が後妻を貰ったんだ」
(何となく分かってきました。継子苛(ままこいじ)めというやつですね)
「最初の頃は仲良くやっていたそうだが。弟夫婦に子供が……女の子が生まれて」
(形は妹だけど、本当は従妹ね)
「そしたら、弟夫婦は実の子を可愛がり、段々とお藤を邪険にするようになっていって……あっ、本人が言ったんじゃないぞ。半次郎がそう話したんだ」
(はい、はい)
「で、お藤の亡くなった母親の実家の兄夫婦がそれを不憫に思い、お藤を自分の所に引き取ったんだ」
(あらら。結局、自分の家を追い出されたの?)
「請状に書いてあった茂平というのが、その引き取った兄だ」
「ん? 請人の半次郎さんと幼馴染というのは、その茂平さんの方ですか?」
「ああ、そうだ。茂平は育ての親、今の父親という意味でな」
(ややこしいわね。実の両親に、その弟夫婦、更に母親の実家の兄夫婦って、三組も両親が居たんじゃ、どれがどれだか)
「そちらのお兄さんの……茂平さんの方に子供は?」
「二人居るそうだ。年で言えば、一番上に跡取り息子が居て。お藤が丁度真ん中で、その下に娘が一人。前ん所とは違って、その家族とは仲が至極良好だったそうだ」
(ふ~ん。どの道、伯父さんの所は出なければいけなかったのね)
「江戸に出て来たのには、家の事情か何か、訳が有るんですか?」
「本人が江戸に出たいと言ったそうだ」
「家計を助けるとか、借金とかではなく?」
「ああ。本人がそう望むもんでな。兄夫婦もお藤の好きにさせてやったそうだ」
「……」
 (単なる憧れ? それとも、やっぱり、名主の息子か村の若い衆で嫌な男が居て、身の危険を感じて遥々江戸まで逃げて来た?)
 とか、お美代が独りで勝手に想像していると、 
「そういう事で、話は以上だ。もう寝ていいぞ」
 と、夫は本に見入りながら、宣(のたま)った
 お美代は夜着に潜り込み目を瞑ったが……なかなか寝付けなかった。

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