2017年1月17日火曜日

時代劇小説『みこもかる』 十五 奥の間(二)


     十五 奥の間(二)

「この松島町の、大和屋さんって何のお店ですの?」
「酒屋だ、酒屋。結構繁盛している大きな店だ」
(ふ~ん、酒屋かあ。じゃあ飲み放題って訳ね。酒樽に囲まれて、隠れて一杯ひっく、なんてね)
 冗談はさておき、お美代は請状に視線を戻した。
「この請人の半次郎さんというのは?」
「藍商の信濃屋で番頭をしている男だ」
 と、重太郎が腕組みしながら、答えた。
「お藤の父親とは幼馴染で、こっちに出て来る時に請人を引き受けたそうだ。半次郎本人とも、さっき、宿で顔を合わせてきた」
「信濃屋さんのお世話になる事は出来なかったんですか?」
「うん。それは俺も聞いたんだが、無理だと言われた」
「無理って、どうしてです?」
「信濃屋の主人は女癖が悪いそうだ。以前に下女を孕ませたらしい」
「……」
「どうする? 気が進まないのなら、話は無しって事にするか?」
(無しって、そんな。連れて来といて……)
「まだ、飯も食べさせていないし。今ならまだ宿に送り返せるぞ」
 もう灯りが要る程に部屋内は暗く……置いたら置いたで起こるであろう面倒な事と、一度はこういう子を手元に置いてみたい、今手放したら二度とそういう機会は訪れまいとの願望が鬩(せめ)ぎ合い……結局、
「別にいいですよ。今更追い返すなんて、出来ないでしょう」
「おお、そうか。済まんな」
「いいえ」
「嗚呼、それから吉井とは一応半期だけという約束になっているからな」
「半期だけ?」
「ああ。俺がごねたら、半期だけでも面倒を見てくれと、吉井が頭を下げてきたんで、貸しを作った事にしてある」
「大きな顔をしていろと?」
「ああ、そうだ。今度会ったら、思いっきり睨み付けてやれ」
(ふー、やれやれ)
 お美代が鼻息を吐いていると、
「さて、風呂に入るか」
 と、夫は着替えを持って、さっさと出て行った。
 お美代も部屋を出たが……台所の方から盛んに次郎達の話し声が聞こえてきた。顔を出してみると、
「あっ、奥様。今、お藤ちゃんに色々と教えていたんですよ」
 と、次郎が振り返った。
 お美代はお藤の様子を覗ったが……既に前垂れを身に纏(まと)い、襷(たづき)を掛けて準備万端。表情はまだ少し硬めで、それがまた、いじらしく思えた。

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